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京都華僑總會包粽子大會

京都華僑總會事務局劉佳玲說明粽子材料
京都華僑總會事務局劉佳玲說明粽子材料

京都華僑總會於6月16日在理事吳華成經營的台灣料理『台北城』,舉辦一年一度的包粽子大會,邀請會員、留學生及日本友人共度端午佳節。40多位參加者將廚房擠得水洩不通,場面溫馨熱鬧。

黃玲瑛老師指導包粽
黃玲瑛老師指導包粽

 

台北城老闆 理事吳華成(中) 協助指導
台北城老闆 理事吳華成(中) 協助指導

 

四十多位參加者挑戰包粽子
四十多位參加者挑戰包粽子

 

李秀珠老師指導留學生包粽
李秀珠老師指導留學生包粽

會長張茂勳因事不克前來,包粽子大會在事務局長劉佳玲主持下開場。說明內餡材料和準備方法後,黃玲瑛老師示範粽葉的包法及綁法,隨後大家七手八腳地挑戰包粽。參加者大部分沒有包過粽子,顯得非常興奮,在黃老師、吳理事及李秀珠老師的熱心指導下,一顆顆粽子陸續完成。

熱騰騰的粽子上桌,會員將各自帶來的家常菜、甜點一字排開,在理事黃俊清帶領乾杯後開動。面對滿桌的美食,人人食指大動,臉上洋溢笑容。吃飽喝足後,輪流自我介紹,報告近況。事務局負責人劉佳玲感謝大家的参與,更感謝吳理事大力支援提供場地,京都華僑總會是僑胞的靠山,歡迎大家有任何問題隨時與總會聯絡。

此次參加的僑胞有來日兩年的留學生,也有旅日長達三十多年、五十多年的僑胞。理事張原銘認為大家平常難得一聚,利用端午老中青三代共聚一堂,大家互相認識交流十分開心。理事李秀珠說,端午節對台灣的華僑來說是比較傳統的節日,很高興每年參加人數越來越多,大家在異鄉團圓,也讓年輕學子們得以享受家鄉味道。京都滋賀留學生會會長蕭聖學報告7月份烤肉及8月煙火大會活動,歡迎大家踴躍參加。3個多小時的歡樂時光,在副會長沈幸齡致閉幕詞中圓滿結束,相約明年再見。

定例関東地区台湾企業交流会で「アジア経営者連合会」がプレゼンテーション

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駐日本代表処余吉政副代表
駐日本代表処余吉政副代表

台北駐日経済文化代表処のもと、3カ月に1回、日本に駐在する台湾大手企業を中心とした交流会が都内ホテルで開催されているが、6月14日、「アジア経営者連合会」がプレゼンテーションを行い、活況だった。

冒頭、駐日本代表処余吉政副代表は、「駐関東地区台湾企業聯誼餐会」の趣旨を説明しながら「今回はアジア経営者連合会の考え方、今後、台湾企業とどういう形で協力しあうのか教えていただいて、様々な具体的な展開ができればと思います」と挨拶した。

天野俊彦氏(エイチ・エス・アシスト株式会社代表取締役社長)
天野俊彦氏(エイチ・エス・アシスト株式会社代表取締役社長)

最初にアジア経営者連合会の天野俊彦氏(エイチ・エス・アシスト株式会社代表取締役社長)より同会の説明があった。それによると同会は現在、会員が271社(中国、台湾、韓国の会員も)。8カ国に11支局を擁している(台湾支局は今年開設予定)。目的は日本の持つ優れたビジネスモデルをアジア各地の経営者とシェアしながら事業を展開し、アジアと日本の成長を促すというもの。具体的には日本とアジア各地の経営者の、情報や人的交流の場を設け、ビジネスマッチングを支援していく。

「今年9月17日にアジア経営者サミットをザ・プリンス パークタワー 東京で開催します。改めてご案内致しますが、一緒にこうしたイベントを実現していきたいと思います」(天野氏)

アジア経営者連合会澤田秀雄理事長
アジア経営者連合会澤田秀雄理事長

アジア経営者連合会の会員で台湾支局の開設を準備中の阪根嘉苗さん(アジアンブリッジ株式会社)の話に続いてメインゲストのアジア経営者連合会澤田秀雄理事長(株式会社エイチ・アイ・エス代表取締役会長ほか)が登壇した。澤田理事長は、格安航空券販売で成功した現エイチ・アイ・エスや国内航空事業の新規参入で成功した現スカイマークの話、あるいは、ハウステンボス株式会社、証券会社(エイチ・エス証券)、モンゴルの銀行(ハーン銀行)の再建について語りながら「5年後、10年後にはアジアは間違いなく世界一の経済圏になると思っています。とくに中小企業は大きな可能性があるのではないかと考えています。いずれ欧米を抜いてアジアからどんどん優れた会社が出ていくと思いますのでそのお手伝いができれば」と語った。

神藏孝之副理事長
神藏孝之副理事長

また、神藏孝之副理事長(イマジニア株式会社)は、李登輝元総統との交流に触れながら、「あまりにも近すぎて台湾に支局がなかった。これを機会にお付き合いさせていただければと思います」と述べた。

懇親会の様子
懇親会の様子

この後、懇親会に移り、名刺交換や挨拶回りなど、出席者同士の交流が活発に行われた。

李雪峰氏に旭日小綬章授与 高座会の動向にも言及

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公益財団法人交流協会台北事務所は17日、平成25年春の叙勲で「旭日小綬章」を受章した李雪峰氏への授与式を実施した。これは李氏が長年に渡り日台間の相互交流と相互理解の促進に多大なる貢献をされたことを讃えるもの。李氏は現在、太平洋戦争末期に神奈川県の高座海軍工廠で勤務していた元台湾少年の同窓組織である台湾高座会の総会長を務めている。

 

勲記を受け取る李雪峰氏(右)と樽井澄夫代表。
勲記を受け取る李雪峰氏(右)と樽井澄夫代表。

 

交流協会樽井澄夫代表は挨拶の中で、李氏が高座会の活動を通じて日台友好親善の増進と、台湾における対日友好感情の維持と増進に寄与したことに言及し、「その活動は幅広く多岐に渡り、日台間の相互交流促進に大きな貢献をされた」と述べ、感謝と敬意を表した。また、現在の日台関係を「最良な時期」とした上で、「(李氏が)大事に育んだ心と心の深い絆が極めて重要な役割を果たすことになるだろう」と、今後の日台関係のさらなる発展を期待した。

 

会場には高座会や台湾日本人会などの会員らが集まった。
会場には高座会や台湾日本人会などの会員らが集まった。

 

李雪峰氏は「ただ私一人の栄誉ではなく、全高座会員が築いてきた一大親善交流と国民外交の結晶の賜物」と日本語で謙虚に挨拶。また、戦後になり台湾が工業化や民主化を経験する中で、「かつての故国、日本との親善交流は最も強い夢であり、希望だった」と、高座会設立の当初の目的を回顧した。李氏は式典の後、メディアの取材に応じ、「ただ嬉しいばかりです」「思いもよらなかった」と喜びをコメント。

 

李雪峰氏。
李雪峰氏。

 

またその中で、高齢化が進む高座会の存続問題については「まだ決まっていない。私一人で決められるものではないから」とする一方で、「皆の意見を伺った上で、高座会が解散したとしても同じように(交流が)行なわれると思う」と話し、別の形で交流を続ける意向を示唆した。李氏によると高座会会員は1993年頃が一番多く、4~5000人の会員が参加していたと言う。現在は1000人程度に減少しており、「これからどのようにして若い人についてもらおうか考えている」とも。元海軍少年工の歴史をどう継承していくかが今後の課題だ。

 

高座会会員らと記念撮影をする李雪峰氏。
高座会会員らと記念撮影をする李雪峰氏。

 

一方、高座会の今後の活動について担当者は、東日本大震災に関連した、東北支援と台湾からの震災支援に感謝するイベントを計画中だと話し、引き続き日台交流の増進に努める考えを明らかにした。

日台留学生交流イベントが早稲田大学で開催

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会場の様子
会場の様子

一般社団法人日本学生会議所(UNS台湾部)が主催する日台交流イベントが6月15日、早稲田大学で開催された。今回は、端午節をテーマに日本人と台湾人留学生がクイズ形式で勉強した。

イベント責任者の武知史将さん(早稲田大学政治経済学部3年)によれば、同イベントは、台北駐日経済文化代表処の後援で始まったもので、同会議所が中心になって、日本台湾学生会議、中華民國留日東京同學會などと協力体制を組んでいる。今回は第3回目。第1回目は5月に台湾映画「海角七号 君想う、国境の南」の鑑賞と講演、第2回目は6月初めに討論会が行われた。

「参加者は事前登録では台湾人が59人、日本人が17人と台湾人の方に予想より多く参加していただき、驚いています。8班に分けさせていただいて各班に日本人参加者を2人ほど入ってもらっています」(武知さん)

司会役の早稲田大学政治経済学部の学生
司会役の早稲田大学政治経済学部の学生

冒頭に司会・進行役(武知さん、張さん)の自己紹介があり、続いて、端午節(自殺した中国の詩人屈原を記念する日=旧暦5月5日:6月12日)に関するクイズが行われた。

例えば「台湾では端午に何をする?」(香り袋を身に着けるなど)、「香り袋には何が入っている?」(雄黄・艾草・菖蒲)、「五毒を知っているか?」(蛇・さそり・むかで・やもり・蜘蛛)、「ヨモギを(玄関に)掛けているか?」(毒を避ける)、「雄黄酒を飲んだことはあるか?」(漢方の一種で解毒作用と虫除け)、「玉子を立てたことがあるか?」(昼の時間は太陽の引力と地球の引力が引き合い、玉子が立ちやすい)、「粽の材料を考えてみよう」(屈原の死体を守るために川に粽を投げて魚に食べさせた)、「ドラゴンボートを鑑賞したことがあるか?」(漁民が屈原を助けようとドラゴンボートを使ったという伝承)など。

クイズに参加する学生たち
クイズに参加する学生たち
香り袋の制作
香り袋の制作
香り袋の制作
香り袋の制作
粽を食べる日本人と台湾人留学生
粽を食べる日本人と台湾人留学生
ドラゴンボートクイズでの一コマ
ドラゴンボートクイズでの一コマ
早稲田グッズに喜ぶ学生たち
早稲田グッズに喜ぶ学生たち
スクラッチに当たった学生たち
スクラッチに当たった学生たち

この後、全員、香り袋の制作を行った。また、粽も全員に配られた。ドラゴンボートクイズ(ネット映像を見ながら、一等を当てる)、日本では端午節に何をするか?といったクイズの正解者には、早稲田グッズなどの“豪華景品”が贈呈された。イベントの最後は、名札についたスクラッチ(宝くじ)で盛り上がった。

2班の男女に感想を聞いた。

「台湾に興味がありました。友達になれたら」(日本人女性)、「大学では中国語を学び、この1月から3月、台湾で中国語を勉強しました。台湾人のお友達を作りたい」(日本人女性)、「日本人の友達を作りたい」(台湾人女性)、「大学では留学生が少ない。台湾人に会うために来ました」(台湾人男性)、「明治の交換留学生です。日本人の友達を作りたい。粽も楽しみ」(台湾人男性)、「台湾で日本語を半年勉強しました。日本に来てまだ2カ月ぐらいです。拓殖大学で勉強しています」(台湾人男性)、「粽を食べたいです」(台湾人女性)、「日本で仕事をしていますが台湾人が少ないので、こちらに来ました。たくさん友達を作りたい」(台湾人女性)。

集合写真
集合写真

最後に登壇した台北駐日経済文化代表処教育組の日台青年交流の担当者は、「今年、代表処は特に台湾と日本の青年交流に焦点を当てて促進しています。ぜひ、これからもこうしたイベントに時間を作って参加してください。台湾の友達ができる大切な機会です。台湾の文化を知っていただき、関心をもっていただくことが一番の目的です」と締めくくった。

山梨台灣總會成立10週年紀念大會及新舊任會長交接

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山梨台灣總會於6月16日假山梨view hotel舉辦成立10週年紀念大會及新舊任會長交接,台北駐日經濟文化代表處沈斯淳代表伉儷、代表室秘書王建華、橋務組秘書文君妃、僑務委員河道台、山梨縣縣知事橫內正明、笛吹市市長倉嶋清次、甲斐市市長保坂武、山梨縣議會議員土橋亨、東京華僑婦女會名譽會長羅王明珠、台灣同鄉會會長蘇成宗、媽祖會會長曾鳳蘭、東京台灣商會議所會長錢妙玲始、客家文化協會邱泱棟夫婦、佛光山神奈川分會會長何維寧等貴賓及該會理監事、日本友人約150人應邀出席。

大會開前首先播放該會10年來發展歷程,由理事曾麗俐精心編製的影片,呈現出該會對地方及國際交流所做的貢獻,續由現任會長陳秀錦致詞感謝理監事2年來對總會的支持及鼓勵,沈代表及日方貴賓應邀致詞紛紛表示山梨與台灣交流密切,也感謝山梨台灣總會在前任趙世安、鄭玉蘭及陳秀錦會長的犧牲奉獻,亦盼新任余麗玉會長帶領理監事為促進台日交流繼續努力,並在全場貴賓見證下新舊任會長完成交接儀世,紀念大會上亦安排日本天雷太鼓、原住民舞蹈團山地舞及旅日歌手寒雲的歌曲表演,精彩的演出,獲得與會人員熱烈掌聲,場面熱烈溫馨,全部活動至下午2時許圓滿結束。

新舊會長交接 左起:陳秀錦 右起:余麗玉
新舊會長交接 左起:陳秀錦 右起:余麗玉
合照
合照

 

埼玉台湾総会第八届第一回理監事会議が開催

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会場の様子
会場の様子
林月理会長が最初に挨拶
林月理会長が最初に挨拶

埼玉台湾総会は、6月16日、第八届第一回理監事会及び懇親会を埼玉県・新座市内(林会長宅)にて開催した。顧問、名誉会長、会長、副会長ほか幹事、理事など20人が出席した。

頼浩生副会長が開会を宣言すると、林月理会長が最初に挨拶し「埼玉台湾総会は、食べて飲んで帰るだけの僑会にはしたくありません。本当に社会に貢献できる温かみのある僑会にしたいと思います」と決意を述べた。

佐久間寛明氏が議長に選出された
佐久間寛明氏が議長に選出された

次に役員、幹事、理事などが紹介され、頼副会長の推薦で佐久間寛明氏が議長に選出された。佐久間議長の進行で4件の議案が審議された。1つは9月16日の敬老の日のボランティア活動(鍼灸治療・マッサージ)、2つ目は今年の国慶節の活動、3つ目は来年2月の僑務委員会春節文化訪問団への協賛、4つ目が来年7月の日本中華連合総会が主催する世界華人大会への協賛について、だった。

1つ目は原案通り可決。2つ目の国慶節の活動については、林会長から10月6日浦和駅パルコ前の広場で国際交流を目的とした「台湾祭り」開催の提案があった。また、同日毎年実施される東京中華学校での国慶節祝賀会との兼ね合いについて、出席者の意見を求めた。代表処及び各華僑団体役員等の出席などが議論されたが、開催することに決定。3つ目の僑務委員会春節文化訪問団への協賛については、賛否両論があった。埼玉台湾総会のこれまでの実績への評価は高く、協賛依頼の状況を鑑みながら会長が判断することになった。4つ目は協賛が決まった。

鈴木正人議員(志木市選出)
鈴木正人議員(志木市選出)
菅原文仁議員(戸田市選出)
菅原文仁議員(戸田市選出)

昼前に、埼玉県議会議員の鈴木正人さん、菅原文仁さんが来賓として駆けつけた。鈴木議員は、昨年12月、埼玉県議会に超党派の日台友好議員連盟が結成された経緯を説明するとともに、「94人中、約60人の議員に入っていただき、過半数に達しました。日中、日韓議員連盟が退潮ぎみなのに対して“日台”は時代の流れに沿っているのではないか」と述べ、今年中か来年早いうちに台湾を訪問する予定だとした。一方、菅原文仁議員は、日本の教科書における台湾表記(中国の一部)問題への取り組みを報告した。

集合写真
集合写真
懇親会開催
懇親会開催
林悦子さんによる恒例の二胡演奏
林悦子さんによる恒例の二胡演奏

正午過ぎ、一同は記念撮影を行い、その後、懇親会となった。美味な台湾料理に舌鼓を打ちながらの和やかな歓談、交流が続き、余興として林悦子さんによる恒例の二胡演奏(台湾民謡)も披露された。こうして、埼玉台湾総会第一回理監事会議は、盛況のうちに午後2時前に散会となった。

許世楷元代表講演「台日関係から台湾の前途を考える」が開催

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日本李登輝友の会が主催した第8回台湾セミナーで「許世楷先生 台日関係から台湾の前途を考える」と題した講演
日本李登輝友の会が主催した第8回台湾セミナーで「許世楷先生 台日関係から台湾の前途を考える」と題した講演

日本李登輝友の会が主催した第8回台湾セミナーで「許世楷先生 台日関係から台湾の前途を考える」と題した講演が6月15日、都内で開催され、約100人ほどが集った。

柚原正敬事務局長
柚原正敬事務局長

柚原正敬事務局長は、開会に当たり、「台湾人が正面切って『私は台湾人だ』と言える日、台湾と国交を樹立できる日はいつ来るのかといったテーマについてお話いただけると思います」と述べた。

澤英武常務理事
澤英武常務理事

次いで澤英武常務理事は、オバマ大統領と習近平国家主席の会談の内実、TPP問題への中国の対応などに触れて、日本は対中国との関係でそれほど心配する必要はなく、今日は、台湾国内の馬英九政権の支持率低下の背景などについても伺えればと思う、と開会を宣言した。

許世楷元代表
許世楷元代表

登壇した許世楷氏(元台北駐日経済文化代表処代表)は、財団法人交流協会が毎年実施している「台湾における対日世論調査」を例に挙げて、「台湾を除き、あなたの最も好きな国(地域)はどこですか?」という質問に対し、「去年は一番目が日本41%、二番目がアメリカと中国が8%だった」とし、一番目と二番目の差が大きいこと、また、東日本大震災時の200億円を超える義援金を例に台湾人の親日度の高さに言及した。

また、今年、3月11日の政府主催の東日本大震災2周年追悼式典で、国名を読み上げる指名献花の列に台湾代表が加えられたことについて、安倍政権との政治的なやりとりと意義、今年4月10日の日台漁業協定締結の背景には台湾人の“親日資源”が影響していること、台湾の今後の行く末に関し、中国の一部になる道、台湾が独立国家になる道、と2つの方向性をシミュレートしながら、中国の一部になることへの反発は強いものの国民の危機感が乏しく、一方、台湾独立の道もまた難しい問題を孕むが、選挙で勝利し、国連に台湾名義で参加する、新生国家を目指す道もあるので

はと提言した。

梅原克彦常務理事
梅原克彦常務理事

講演終了後、閉会の挨拶に立った梅原克彦常務理事は、「現在、日本版台湾関係法を作っており、議員立法として成立を目指していきたい」と語った。

地震大国台湾は過去から何を学んだのか

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「最初は小刻みな揺れだったが、突然時計回りに大きく揺れた」台北市内に住む男性は、6月2日台湾中部の南投県仁愛郷を震源とするマグニチュード6.3の地震発生当時の様子をそう語る。最大震度は雲林県草嶺で震度6(台湾基準)。南投県日月潭、彰化県二水、彰化市、嘉義県阿里山、嘉義市、台中市大肚、台南市では震度5が観測されたほか、台北や高雄でも震度3を観測した。この地震の影響で4人が死亡、19人が負傷した。また、各地で落石や大規模な土砂崩れが発生、道路や鉄道が寸断された。中央気象局によれば「今年最大の地震」だと言う。しかし、これだけの規模の地震でありながら被害が最小限に抑えられたことは、過去に同地域で発生した大きな痛みを乗り越えた結果だと言えるだろう。

 

フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界に位置している台湾は、ほぼ毎日のように地震が観測されている。6月2日の地震の震源域では今年3月27日にもマグニチュード6.1の地震が発生している。台湾最大の被害を出したのも、この中部地方である。日本統治時代の1935年4月21日に発生したマグニチュード7.1の新竹台中地震。3000人以上が死亡、50000戸の建物が全半壊した。苗栗県三義郷にはこの地震で崩落した縦貫線の赤れんがアーチ橋遺構「龍騰断橋」があり、地震の脅威を今に伝えている。「老台北」こと蔡焜燦著「台湾人と日本精神」の中に登場する「君が代少年」の逸話があった地震と言えば、ご存知の方も多いはずだ。

 

戦後最大の地震は1999年9月21日に発生した921地震(台湾大地震)である。震源は南投県集集鎮で、6月2日と3月27日、双方の震源から20kmも離れていない。マグニチュード7.3、死者・行方不明者2400人、10万戸の建物が全半壊した地震は、今でも台湾人の記憶の中に強烈に焼き付いている。最大震度である震度7を観測した南投県魚池郷で被災した男性は「あたかも誰かが家を手に持って、左右に揺さぶったような感じだった」と揺れの激しさを語る。被災後は、家にある全ての家具を固定し、倒れやすいものを高所に置かないように心掛けた。「震災以降、防災に対する意識は高まった」と言う。

 

一方、地震で下層階が崩落し、80人が亡くなった台中市大里区の大型マンション「金巴黎社区」で被災した女性は「住んでいた棟は倒壊こそ免れたが、全ての部屋のドアが開かなくなり、全て壊して外へ出た。マンションのエントランスが倒壊し、塀を乗り越えて敷地外へ避難した」と話す。後になって鉄筋コンクリートの柱の中にドラム缶がつめられていたなど、手抜き工事が倒壊の原因であることが明らかとなった。震度4を観測した台北市で倒壊した東星ビルも同様だ。87人が死亡・行方不明となったこのビルは、倒壊後の調べで、設計不良と建材の強度不足が明らかとなった。

 

6月2日の地震で建物の被害が少なかったのは、1999年の921地震で耐震強度の低い建物が軒並み倒壊し、その後再建された強固な建物が揺れに耐えたことが理由の一つとして挙げられるだろう。この点は、今年4月20日、中国四川省芦山で発生した地震で、2008年5月12日の汶川地震後に再建された建物にも被害が生じたことと対照的である。台中市や南投県など921地震の被災地では震災後、地震によって隆起した逆断層を保存する教育公園が整備された。また、倒壊した廟や傾いた鉄塔がそのまま残されている場所もあり、地震の記憶を後世に伝えている。

 

しかし、台湾全土で防災意識が浸透しているかと言えば、決してそうではないだろう。苗栗市に住む男性は防災に関して「特に何もしていない」と話す。台北市の別の男性も「地震は恐いけれど、家族で話し合う機会もない」と、消極的な態度だ。「熱しやすく冷めやすい」と言われる台湾人の性格。もし別の場所で、同規模の地震が発生した際、被害が最小限に抑えられると言う保証はない。台湾に住む一人一人が、過去の経験から学び、予期せぬ災害に備えることが重要であろう。6月2日の地震で被害が少なかったのは、単なる偶然ではないことを祈りたい。