日本台湾法律家協会が学術研究総会を開催

0

日本台湾法律家協会は、11月15日、白鴎大学において、個人情報保護の問題と刑事(捜査の可視化)をテーマに学術研究会総会を開催する。また、前日、14日、東京スカイツリーでレセプションを予定している。

名称 日本台湾法律家協会2013年度(第18回)学術研究総会
日時:2013年11月15日 午前10時~午後3時
場所:白鴎大学東キャンパス11階会議室
栃木県小山市駅東通り2-2-2
JR小山駅東口より徒歩1分(東京駅より新幹線45分)
次第:
開会の辞(午前10時~15分)
江頭憲治郎氏 (日本台湾法律家協会副理事長)
荘月清  氏 (常在国際法律事務所カウンセラー弁護士)
上岡 條二氏 (白鴎大学理事長)
学術研究会(午前の部=10時15分~午後0時15分)
・「台湾における個人情報保護法の現状と適用範囲の検討」
(范姜真媺氏・東海大学法律学系副教授)
・「個人情報保護」(仮)
友岡 史仁氏(日本大学法学部教授)
・質疑応答
司会:張 淑芬氏(常在国際法律事務所)
午後の部(午後1時~午後3時)
・「台湾における取調べの可視化の実践」
(高志明氏・萬國法律事務所弁護士)
・「可視化」
(角田雄彦氏・白鴎大学法科大学院准教授)
・「可視化」
(山下幸夫氏・光伸法律事務所弁護士)
・質疑応答
司会:山下幸夫氏・光伸法律事務所弁護士

※総合司会:森田岳人(松田綜合法律事務所弁護士)
※参加費:無料(学会のみ)

日台研究会11月定例会が開催

0

 毎月、第二土曜日に定例会を開催している日台関係研究会が、11月9日、台北駐日経済文化代表処余吉成副代表を講師として招聘し、講演会を開く。
 テーマは、「台湾の経済の現状」「台湾と日本の経済関係の現状」について。

日時:平成25年11月9日
   午後1時30分開場、午後2時開始
会場:フォーラムエイト(渋谷)
   道玄坂をのぼり徒歩7分。新大宗ビル。
講演:台湾の経済と日台関係
   台北駐日経済文化代表処副代表 余吉政氏
参加費:一般2000円 学生1000円(懇親会費含む)
連絡先:FAX 0480-66-2102(日台関係研究会)

一青妙さんの講演が盛況

0
一青妙さん
一青妙さん
講演会場の様子
講演会場の様子

舞台女優で歯科医師・エッセイエスト・ナレーターと多彩な顔を持つ、歌手の一青窈さんの実姉、一青妙さんが10月24日、都内で講演会を開催した。「私のアイデンティティについて」と題する演題で台湾と関わりの深い人々やファンが駆けつけた。

ある事件をきっかけに日本人と台湾人のハーフとしての自身の存在の意味を考えるようになったという妙さん。講演終了後、温かい、大きな拍手が会場を蔽った。主催は日台友好団体の東京台湾の会。また、講演会の2部として懇親会も開かれた。

東京台湾の会喜久四郎会長
東京台湾の会喜久四郎会長

講演に先立ち主催者として東京台湾の会の喜久四郎会長は、一青妙さんが3年来の会員であることに触れながら「妙さんはこれまでいろいろな体験と感情の交差のなかで生きて来られました。話を聞かれて皆さんに得るところがあれば幸い。それにしても今日は予想を超える方々に集っていただきありがたいことです」と挨拶した。

講演は前半が自身の家族を含めたプロフィールの紹介だった。妙さんの父親は1928年生まれ。台湾・基隆の顔家財閥(一族は九份の鉱山財閥)の3代目長男。母は1944年生まれ。石川県出身の日本人(一青姓)。1970年生まれの妙さんは小学校時代を台北(私立復興小学校)で過ごした後、父親の仕事の関係で東京世田谷区に転居し、そのまま日本に在住。14歳(中学2年)で父を、21歳(歯科大在学中)で母を病気で亡くした。「大学を卒業して歯科医になり気づいたら30代半ば。台湾とは遠いところで生きていましたね」(一青妙さん)。

ところが5年前、家の建て替えをすることになり、解体時、荷物整理をしていた時に押し入れから1つの箱を見つける。これがその後の人生を変える事件となった。

「箱の中にはたくさんの手紙、ノート、写真などが入っていて家族の思い出が詰まっていました。忘れていた台湾の記憶が、水道の蛇口をひねって一気に貫通するように昔の思い出がフラッシュバックして出て来たんですね」(同)。

これを契機に父親の足跡を辿る作業が始まった。妙さんは顔家の親族や友人たちを訪問することで、学習院に留学していた父親の終戦時の様子、1947年の台湾への引き揚げ時の様子、あるいは台湾での引き籠りの様子などを知り、「日本人として生きたかった父親の苦しみ」に近づく。「日本と台湾が政治的に引き裂かれることで父のような人間もアイデンティティが二つに引き裂かれたのだと思います。同時代の人の話を聞いて、私自身、台湾の歴史を知ることができ、今、『私は日本人と台湾人のハーフです』と言えるようになったんです」(同)。

こうした経験がエッセイ「私の箱子」(講談社)、「ママ、ごはんまだ?」(講談社)の2冊の著作に結実した。現在も妙さんの台湾を探す旅は続いており、「小さなことでもいいから合湾とつながっていきたい」と語る。日台友好団体などとの交流も活発に行っている。

後半は、今、台湾で流行している還島という台湾1周旅行の体験談だった。

台北駐日経済文化代表処教育組林文通組長(左4人目)、喜久四郎会長(右4人目)ああ、一青妙さん(左3人目)高座日台交流の会石川公弘会長(右2人目)
台北駐日経済文化代表処教育組林文通組長(左4人目)、喜久四郎会長(右4人目)、一青妙さん(左3人目)高座日台交流の会石川公弘会長(右2人目),喜田修理事(右3人目)

第2部の懇親会は、呉正男監事が進行役を務め、三宅教雄顧問が乾杯の音頭を取った。来賓として挨拶した台北駐日経済文化代表処教育組林文通組長は「本日は一青妙さんの講演会にご招待いただきありがとうございます。東京台湾の会の皆さんが日台友好親善のために努力されていることに対して感謝申し上げます」と述べた。続けて台湾協会根井洌理事長、高座日台交流の会石川公弘会長、日本から台湾の世界遺産登録を応援する会の辛正仁さんなどが挨拶を行った。

中島欽一前理事による閉会挨拶の後、1部の司会進行を担当した松澤寛文副会長は「今日は人気エッセイエストの一青妙さんが講師ということで大勢の方が参加されました。ありがとうございました」と講演会の成功を確信していた。

東京媽祖廟代表 連昭惠さんインタビュー

0

東京媽祖廟連昭惠代表
東京媽祖廟連昭惠代表

大切なことは心と心の交流、台湾人の温かさを伝えたい

Q媽祖様との出会いは

A小さい頃から観音様を信じていました。私は台湾の大学を卒業後、交流協会の奨学金で1991年に来日し、一橋大学大学院に留学しました。ところが卒業の1年前に父が突然亡くなり、心の支えが急に無くなってしまいました。1994年に大学院を卒業し台湾に戻って大和証券グループ会社のNIF社に就職し、2001年にちょうど仕事のため、来日するかどうかを悩んでいました。その年の媽祖様の誕生日に突然、媽祖様が私に話しかける声が聞こえるようになったんです。「日本に行ってください」とはっきり指示してくださいました。日本に来てから、どんな問題に直面しても、すぐ媽祖様にお願いすることになりました。その時点から、媽祖様にお願いしたことはすべて叶えていただいております。従って、媽祖様に恩返しをするため、東京媽祖廟の建設には一生懸命頑張ってきました。

Q東京媽祖廟との関わりは。

A詹徳薫董事長とは2008年にお会いしました。媽祖廟の話は3~4年前から。詹董事長のもとに華僑様から媽祖廟建立の願いが様々届くようになったということです。問題は誰がお金を出してビルを買って廟を建てるか、また、廟に関する知識やネットワークがないと実現は難しいという点でした。こうしたなかで、資金的な目途が立ったということで詹董事長から昨年の春に「媽祖廟を建てましょう」というお話がありました。ちょうどこの頃、日本媽祖会の入江修正理事長(※)ともお会いする機会がございました。

Q廟の建立までの経緯は。

A去年の4月に不動産屋さんに土地とビルの打診をしました。条件は台湾人が多く住んでいる新宿か大久保エリア。20件ほど物件があり、1つ1つ媽祖様に確認してご指示をいただき、詹董事長とも相談しながら現在の場所に決めました。来てみると両脇が空き地という好条件の場所でした。現地の状況から新たにビルを建てるのではなく、修繕工事、改築をすることにして、お寺を造ることができる台湾の建築業者を探しました。

Q工期は。

A実は媽祖様より来年の旧暦9月9日に安座式をやりましょうというご指示がございました。つまり、今年の10月13日です。逆算して1年少々しか時間がないなか、様々な問題もありましたが直面しては解決しながら今日に辿り着きました。

Q代表としての役割は。

A私がこの立場になったのは、皆様に貢献したいという気持ち、お寺や神様の知識、会社経営の経験などがあると思います。実際、東京媽祖廟の管理システムを作り、またウエブサイトを構築したり、信徒様の拡大や行事をどうしていくか考えていますが、一番大事なのは、心の交流です。ビジネスではありません。東京媽祖廟は営利目的で造られたものではありません。皆様の心をどうしたら温めることができるかが肝心なことですし、心の拠り所になって欲しいと思います。

Q収益事業は。

A寄附という形ではなく、台湾では普通に行われている光明燈へのお供え(1年1万円)をお願いしています。

Q今後の活動は。

A華僑の才能ある方々に先生になってもらいながら老若男女、例えば、健康のための正座など各種勉強会や授業などを行ったり、家庭や仕事の悩みなどの相談を受けたり、様々な交流が深まれば嬉しいですね。ここは宗教のための信仰の場のみということではありません。現在、協力いただける方たちと運営委員会を作って定期的に話し合いを持っています。

Q最後に。

A3.11の地震時の義援金に見られるように、台湾人の心の中に隠れている優しさ、温かさを皆さんに伝えたいと思います。

※一般社団法人日本媽祖朝天宮代表理事入江修正氏

■プロフィール

連昭惠、台湾台北市生まれ。1990年、台湾輔仁大学を卒業、1991年に日本一橋大学大学院商学研究科に留学。1994年に卒業、そして帰国後、大和証券グループ会社のNIF社台湾支店に勤務。2001年、仕事のため再度来日。2003年2月に、ウィツ株式会社設立。2013年、東京媽祖廟代表に就任。