懸疑驚悚片《失魂》 東京影展觀眾直呼恐怖

 將代表台灣參加明年奧斯卡,角逐最佳外語片的台灣電影《失魂》,也是今年參加東京國際影展「世界焦點」部門「台灣電影特集」的6部台灣電影其中一部。

電影《失魂》由張孝全(右)和資深影星王羽(左)主演
電影《失魂》由張孝全(右)和資深影星王羽(左)主演

 《失魂》是由曾獲得金馬獎最佳導演的鍾孟宏繼《停車》、《第四張畫》等作品後,今年新推出的懸疑驚悚片,片中由台灣一線男星張孝全,搭檔50、60年代主演武俠片的資深影星王羽,演出一對關係疏遠的父子,從一樁離奇命案疑雲,展開兩人似近似遠的、似清醒又似迷惘的對話。

鍾孟宏表示自己在美國念電影時,學的便不是敘事手法,所以從學生時期到後來的作品大多是具有實驗性的特色
鍾孟宏表示自己在美國念電影時,學的便不是敘事手法,所以從學生時期到後來的作品大多是具有實驗性的特色

 電影在10月23日放映後,導演鍾孟宏特別和到場欣賞電影的影迷互動,鍾孟宏一開始就先笑著說:「如果在台灣也有這麼多觀眾看我的片子就好了」。另外,鍾孟宏也提到當初想說如果可以請到王羽演出,應該會很酷,所以便邀請他演出,但王羽因為當時生病,而且他也擔心自己演不完整部片,所以直到電影開拍前兩周才決定演出,鍾孟宏也說,如果王羽沒答應演出的話,應該就不會有這部片了。鍾孟宏在回應影迷提問片中有許多昆蟲或是片頭一開始在砧板上的魚等鏡頭有何意義時,他則表示在片中使用魚或是昆蟲、植物的特寫,主要也是想傳達「人」其實也是大自然界中的一份子,所以人就和所有萬物一樣,有美麗的一面也必定有黑暗的一面。此外,也有影迷認為這部片子看完感覺很驚悚,例如父親踩著兒子傷口的劇情,對此鍾孟宏則回應:「我的片子一定沒有日本導演三池崇史執導的作品那麼驚悚。」

曾獲得金馬獎最佳導演的鍾孟宏,在東京影展上感謝影迷到場支持
曾獲得金馬獎最佳導演的鍾孟宏,在東京影展上感謝影迷到場支持

電影《總舖師》用台灣古早味征服日影迷

 第26屆東京影展自10月17日開幕至今,每天在東京六本木的影展會場上都有好戲上映,這當中也包括6部參加「世界焦點」部門「台灣電影特集」的電影,根據主辦單位表示,當影展預售票開始開賣後,台灣電影的電影票便立即搶購一空,相當有人氣。

在台灣票房超過3億新台幣的電影《總舖師》,由楊祐寧(中)、夏于喬(左)和林美秀(右)領銜主演
在台灣票房超過3億新台幣的電影《總舖師》,由楊祐寧(中)、夏于喬(左)和林美秀(右)領銜主演

 台灣今年票房賣座電影《總舖師》在10月21日晚間播映後,由導演陳玉勳和製作人李烈、葉如芬出場和在場影迷打招呼,陳玉勳表示拍攝《總舖師》主要是想透過台灣古早味,表現出台灣早期的人情味,日本影迷也相當融入劇情,一會兒笑一會兒哭的,而陳玉勳在接受影迷提問時,直誇日本影迷看片看得很仔細,因為像劇中飾演「料理醫師」的楊祐寧講著一口特殊口音,也被日本影迷給聽出來了,陳玉勳表示,那是他特地請楊祐寧練的特殊腔調,融合了台灣各地方言,果真「笑」果十足,讓許多人聽到了就忍不住會心一笑。另外,也有粉絲直問,陳玉勳是不是偏好「胖妹」,所以在片中起用林美秀擔任要角,陳玉勳笑著回答,「只是想呈現胖妹的美」,但他也不諱言胖妹很可愛,也有美的一面。

陳玉勳導演直接和日本影迷互動
陳玉勳導演直接和日本影迷互動

 當天活動結束後已經超過晚上10點半,但仍有影迷在場外等候陳玉勳等人,排隊等著合照和簽名,陳玉勳和李烈、葉如芬直說日本粉絲相當熱情。看來時隔16年在開拍長片的陳玉勳依然寶刀未老,不僅用電影成功行銷台灣美食文化,更讓日本影迷折服在他的電影世界中。

導演陳玉勳、製作人李烈和葉如芬,專程到日本參加東京國際影展
導演陳玉勳、製作人李烈和葉如芬,專程到日本參加東京國際影展

「現地グルメ」は美味しくても「みやげ」は…..の台湾に新潮流

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しのぎを削る「みやげ」
しのぎをけずる「みやげ」

「台湾に行って美味しいものをたくさん食べたけど、さて日本に何を土産に買って帰ろうか」と悩む観光客も少なくない。空港で適当に見繕って買うも、貰った人が良い反応を示さない場合もある。台湾は現地で食べるグルメの豊富さでは「世界一」と言われるのに…。日本各地の土産の質、美味しさが急激に高まり、日本人の「土産」に対する「舌が肥えた」というのも原因の一つ。しかし、一方で、台湾文化の中で「土産の味」にこだわる文化が少なかったから、という説もある。

「牛肉乾(台湾式ビーフジャーキー)を買ったが日本の税関で没収された」という事例もあれば、「牛軋糖(ミルクと練り飴で作ったキャラメル風アメ)を食べていたら歯にくっついて入れ歯が取れた」というケースも報告されている。

実際、食べ物ではなく「中華雑貨」を買って帰る人も少なくないが、日本のインテリアと合わず、「ありがた迷惑」と捉える人もいる。台湾の形をした固形石鹸などが土産物として定着しつつあるが、液体石鹸が定着しつつある日本人にとって実用的とは言えない。

しかし、昨今の「台湾」に対する世界からの注目を受け、観光客が大量に流れ込み、機を逃すまいと台湾土産品業界も本腰を入れ始めた。食品関連で、従来からの定番は「茶葉」「鳳梨酥(パイナップルケーキ)」だが、そこに「本格指向」が加わった。「茶葉」は台北市内でも各地に店があったが、急須(台湾の本場では専用の小さい茶器を使い、入れ方も異なる)が違ったり、苦みを持つものがあり、「買って土産にするのは定番で便利だが、貰う方の反応がばらつく」というのがこれまで。しかし、最近は「日本の急須でも大丈夫」なように茶葉が大きく、茶葉包みのデザイン性もあり、日本語や英語説明が増えた。味わいも「日本人が好みそうな」ほんのり甘い香りのみに限定している店もある。

「鳳梨酥(パイナップルケーキ)」も、パイナップルの素材にこだわり、甘さを押さえたものも目立つようになった。台湾中部・南投に本店を持つ「微熱山丘」が本格指向での最潮流的存在。栽培に1年半かかる土鳳梨(パイナップル)を使い、果肉の繊維質を残すような食感を出し、甘さ控えめ、日本製の小麦粉を使用し外側のサクサク感を引き出している。台湾人気の高まりを受け、業界も質の追究に余念がない。

日台プロ野球「OB賽」、開催が来年に延期へ

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11月下旬に仙台で開催予定だった「日本・台湾プロ野球OB賽」が、来年に延期されることになった。本来、11月21日から23日までで、両チームともに出場メンバー等はほぼ決定。日台交流の野球熱の盛り上がりを受け、台湾からは陳文賓氏ら、日本で活躍したプレイヤーも含まれ、日本からもかつてのスター選手が出揃う予定だった。大野豊氏、佐々岡真司氏ら往年の名投手、仁志敏久氏、広沢克実氏、佐々木誠氏ら球界で実績を残した選手らがリストに名を連ねていたが、日本側からの要請で「延期」となっていた。

延期後の開催は、「来年4月」が濃厚とされているが、具体的な日程は未定。

小久保裕紀新監督のもと動きだした「サムライジャパン(日本代表チーム)」は、11月8日から天母と新荘球場で、台湾代表と親善試合を行うものの、日程の折り合いがつかず、台湾側からは、肝心の「台湾プロ野球リーグ(中華職棒)」の選手が不参加。海外組や若手中心のメンバー構成となる(日本チームも若手中心のメンバー構成)。今年3月のWBC東京ラウンドで、激戦を繰り広げ、両国ともに「再戦」を希望する気運が高まるものの、現場サイドで調整が難航するケースが続いている。

OB試合の延期を受け、台湾選抜チームに内定していた選手は「試合に出場するつもりで準備していたが、残念。来年4月には、確実に開催して欲しい」とコメントした。

台湾出身・林威助選手、「トライアウト」に今後託す

林威助選手
林威助選手

10月に、阪神タイガースから戦力外通告を言い渡された林威助選手が、日本プロ野球が実施する「12球団合同トライアウト」に来季以降を託すことになった。現在、兵庫県の阪神タイガース二軍本拠地・鳴尾浜球場で練習に励み、11月に行われるトライアウトに向けコンディションを整えている。トライアウトとは、過去に日本プロ野球に在籍し、退団(もしくは戦力外通告)した選手達が指定の球場に集まり、各球団のスカウトや首脳陣(海外球団のスカウトもいる)が見つめる中、実戦形式の「試験」を行うものだ。

台中市生まれの林選手は高校2年生の時に福岡県柳川高校に野球留学、近畿大学を経て、阪神に入団。台湾代表メンバーとして2004年にアテネ五輪、2006年、2009年にWBCに出場した。2007年に115試合に出場、打率.292、15HRで成績を残すも、2008年以降は右肩、左膝靭帯などの故障に悩まされた。昨年以降は、出場機会が減り、2013年も1軍では1試合での出場にとどまった。

人柄の良さも、ファンから親しまれる要因だった。甲子園のファンのみならず、台湾ファンからの支持も熱い。現在でこそ、日本やアメリカでプレーする台湾人選手は多いが、高校、大学と日本に留学し、日本人枠でドラフト会議で入団した選手の中では「先駆者」。阪神ファンからも惜しむ声も多数上がっている。一方、「打撃は良いが、守備、走塁に問題がある」という評価も拭えなかった。しかし、トライアウトで、守備、走塁面での評価を覆せるか。林威助選手本人は、「できれば日本の球界で選手としてプレーしたい。それが無理なら台湾でのプレーも視野に入れている」と、現役続行を強く希望している。

鳴尾浜球場でのバッティング練習では快音を響かせ、好調をキープしている林選手。トライアウトは11月10日に静岡県草薙球場、11月22日には愛知県ナゴヤ球場で行われる。

台湾協会根井洌理事長インタビュー~生まれ変わった台湾協会のこれから~

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台湾協会根井洌理事長
台湾協会根井洌理事長

Q台湾協会の沿革は。

A昭和20年に終戦となり、昭和21年3月に台湾からの引き揚げが始まりました。皆、苦しい生活をしていたため、昭和21年11月に「全国台湾引揚民会」が、昭和25年9月には台湾製糖の社長など旧台湾財界関係者が中心になって「(財)台湾協会」が結成されました。目的は福利厚生でした。その後、昭和28年5月に「台湾同盟」が発足しましたが、話し合いにより昭和40年10月に「台湾同盟」は解散して「台湾協会」に統合され、今日に至ります。

Q引揚者の福利厚生という目的は。

Aその後引揚者の福利厚生という目的は終わりまして協会の活動の軸足を日台友好親善、相互理解の促進に移しました。ただ、会員数は最盛期の約2500人が現在、1000人に減少し、このうち約8割が引揚者とその関係者という状況です。高齢化が進み、台湾時代を記憶して身近に感じている一番の若手会員が75歳ぐらいです。

Q昨年、一般財団法人に移行したが。

A平成18年に法人をめぐる新法律が公布され、平成20年に施行されました。5年の移行期間以内に3つの選択肢のうちの1つを選択しなければならなくなりました。最終期限が今年の11月30日です。選択肢は、解散、もしくは公益財団法人又は一般財団法人への移行です。台湾協会では、解散も含めて議論した結果、これまで台湾協会を支えてくれた高齢者、先輩も大事にしようと、一般財団法人の道を選択しました。これにより台湾協会の“基本財産”が利用できるようになり、ようやく様々な活動の資金的な目途がたちました。これまでの活動に加えて、台湾在住の会員にも喜んで頂ける様、新たに日台友好親善活動などをどんどんやっていきたいと思います。

Q会員の状況は。加入資格は。

A昨年から会員規則を変えまして台湾の人にも入ってもらえる体制にしました。このために苦労しましたが7月にようやく台湾の銀行に台湾協会の名義で口座を作ることができました。8月に訪台しお世話になった方々にお礼の挨拶と、関係先に台湾協会の紹介をさせていただきました。当協会の趣旨に賛同され、会員2人の紹介があり、年会費は3000円を納入頂くことで会員になって頂けます。これが今年、最大のトピックスとなりますね。

Q事業について

A4つあります。1つは日台間の相互理解の促進ということで、交礼会(4月13日・交礼台湾の会)、講演会(10月28日・台湾元少年工)、顕彰活動(今年は台湾在住の許文龍氏と蔡焜燦氏)、大学生の交流の支援、文化交流の共催・後援を行っています。2つ目は台湾関係図書・資料の収集と閲覧(昭和58年2月に台湾協会内に図書室開設)。蔵書は約6000冊で、特に戦中・戦後までの資料が充実しています。3つ目は、慰霊法要です。昭和38年4月、東京築地本願寺に(台湾の日本人納骨堂から分骨)台湾関係邦人物故者慰霊塔ができ、毎年、慰霊法要を実施しています。また、奥多摩に昭和50年、昭和53年に台湾出身戦没者慰霊碑・慰霊塔が日本人有志により建立されましたが、今年5月に平成7年以来途絶えていた慰霊法要を行いました。今後も継続して斎行予定です。4つ目は、会報の発行。昭和25年10月第1号発行以来、平成25年10月まで709号発行しました。協会行事の案内や報告記事、会員による後世に伝え残したい体験談等の他、台湾歌壇、台北俳句会、台湾川柳会の秀作を毎月掲載して好評です。

Q他の様々な台湾の会との関係は。

A現在、東京台湾の会のほか静岡、熊本、鹿児島、沖縄などに台湾の会があります。また、台中、嘉義の会など地域別団体、学校の同窓会(小学校~大学)、職域別団体があり、それぞれの団体は独立して活動されていますから、できることがあれば応援したいというスタンスです。

※根井洌理事長プロフィール:昭和13年1月15日台北生まれ。父親が総督府に勤務。終戦時財務局長だった。祖父の一人は台北第二師範初代校長、もう一人の祖父は台北地方法院院長を勤めた。戦後宮崎に引き揚げ、昭和36年東大卒後三菱化成に就職、三菱化成ヘキスト(株)副社長、日本化成(株)専務取締役等を歴任、平成19年6月台湾協会理事、22年6月常務理事、本年6月、理事長に就任。